スポンサーリンク

競い合うことは悪ですか?

スポンサーリンク
中学生
この記事は約3分で読めます。
最新記事をチェック

競い合うことは悪ですか? 

 

スポンサーリンク

順位をつけることがいけない!?

スポンサードリンク

現在の学校現場では、順位をつけることはいけないそうです。
差別やいじめを助長するというのがその理由です。

どこの小学校でも、運動会の「かけっこ」は同じ走力の子供同士で組を作ります。
大きな差が見えないようにする配慮です。
中には、手をつないでゴールさせる学校もあります。

文化発表会の劇でも、クラス全員が平等にせりふを割り当てられ、
「主役」はいなくなってしまいました。
卒業式の答辞も、卒業生全員で行うのが主流です。

中学校では、かつてどこの学校でも見られた
成績上位者の発表は姿を消し、
順位すら公表しないところもあります。

それどころか、定期テストそのものを廃止してしまった学校も少なくありません。

人間やの進歩のためには、健全な競争が不可欠

スポンサードリンク

 

人間や社会の進歩のためには、健全な競争が不可欠なことは歴史が証明しています。

ところが学校現場では妙な「平等感」が幅を利かし、子供たちの活力や意欲を失わせているのです。それだけではありません。

「いじめ」をなくすためのこれらの方策が、かえって「いじめ」を助長しているということに気が付いていないのです。

現在のいじめの原因

現在の「いじめ」は、「他人と違うこと」が原因と言われています。

他人より行動が遅い、他人より髪の毛が茶色い、他人より太っている、他人より忘れ物が多い……。そればかりか、他人より成績がよい、他人より異性に人気がある、ということさえもいじめの原因になります。

子供は大量生産で作られる品物ではありません。

一人ひとりが、他人と違うのは当たり前のことです。

それなのに、学校が「みんな同じ・平等」の指導をするため、
かえって違いが目立つことになり、
「いじめ」につながるという皮肉な結果を生んでいます。

厳然と存在する個性の違いを、
運動会の「かけっこ」のように隠すという姑息な手段を採ることが、
子供社会を不自然にゆがめ、いじめを助長し、子供の活力を奪っているのです。

競うことは人間が持っている本能の一つ。

もちろん、それぞれが本能のままに生きたのでは社会生活は成り立ちません。

それを理性で抑制することが必要であり、
それを教え、身に付けさせるのが「教育」本来の役割です。

今の学校ではその役割を放棄し、
競い合いを否定することによって、
無気力で努力をしない人間を作っているとしか思えません。

生活の中にあふれていた競争

かつて、今と違って子供の数が多かった時代には、
生活の中に競争があふれていました。

子供たちは遊びを通して、
あるいは家庭の中で、
自然と競い合い競争意識を育てることができました。

しかし、現在の少子化の中ではそうはいきません。遊びは「一人遊び」が主流となり、それも何度でもリセットが可能な「ゲーム」が中心です。当然、忍耐力がなく対人関係が苦手で、すぐに人を傷つけ、すぐに傷つく、ひ弱な人間が多くなります。

これが、「いじめ」の根本的原因です。

 

「健全な競争」の場を子供たちにもっともっと提供すべきです。
子供たちが活き活きと、そして堂々と競い合い、勝者を称え、
敗者の健闘にも惜しみない拍手をする。

そんな環境が子供の努力を育て、
人格を向上させていくのだと声を大にして訴えたいと思います。

小学生の頃、クラス対抗リレーの選手に選ばれて嬉しかったこと、

暗くなるまで校庭でバトンパスの練習をしたこと、

スタート前にすごく緊張したこと、

優勝して感激したこと、転んで悔し涙を流したこと……。

 

お父さん、お母さん、そんな経験はありませんか?
そして、それを大切な財産として懐かしく思い出すことはありませんか?

[box06 title=”あわせて読みたい”]親が変われば子供が変わる

競い合うことは悪ですか?_

素質の意味を考える

学習意欲のメカニズム

中学生の学習計画の立て方

褒めることの大切さ

真説 学習意欲のメカニズム[/box06]

 

 

スポンサードリンク

コメント